スタッフの声

アウェイに出かけるということ

有本 博英 矯正歯科医

2015.02.02

こんにちは,有本博英です.

 

人間誰しも自分が正しいと思う基準を持っています.しかしその「正しいと思っていること」は,自分が育ってきて今所属する社会独特のものにすぎません.

 

例えば私たち歯医者というのは大学歯学部を出たあとも,付き合うのは歯医者同士というのがほとんど.そうするとだんだん業界内での常識に慣れてしまって,そこに何の疑問も抱かなくなります.ところが,一歩外に出ると,そうした自分たちの『常識』がいかに変なものであるかということがわかります.

 

アメリカの歯科と日本の歯科を比べてみましょう.日本では歯科医は過剰でコンビニより多い、だからもうこれから先はなるべく増やさないでおこう,などと言われていますが,アメリカには人口比にして日本の倍の歯科医がいて、まだまだ必要といわれています.アメリカのドクターはティーンエイジャーの矯正治療率を60%から70%にあげるためには何をしたらいいかを考えていますが,日本はわずか5%なのに矯正治療は贅沢治療などと思っているのです.

 

また,私が歯科関係ではない某セミナーで言われたことは,「有本さんが歯が大切だと言いたいのはわかるけど,じゃぁ歯医者と全然関係のない飲み会に行ってそれを言ってごらんなさいよ.何人の人が聞いてくれると思ってるんですか?そんなの誰も興味ないですよ.」といわれてグゥの音も出なかったことがあります.

 

人は誰でも自分の中の世界があり,その世界の中で正しいと思っています.でもその正しさなんて,所詮その世界の中での話.より広い世界で,より普遍的なことに気づくためには,自分の世界を出て,アウェイに身を投じる必要があります.アウェイに出ずに,あるいは異質の世界から目を背けて大きく成長することはありません.また,アウェイを理解しようとせずに,自分の「正しさ」をお互いに主張しても得られるものは何もありません.

 

海外に出て,海外のドクターと話をしないと,自分たちが正しい(歯科医過剰だ)と思っていたでしょう.歯科と全然関係のないセミナーに行かないと,全く違う視点から見たときにどのように思われているのかはわからず,自分たちが正しいと思っていたでしょう.先ずはアウェイに出て,アウェイの考え方を学び,自分の「正しさ」をよりよく修正することで,さらに成長していくことができるのです.

 

ところがアウェイに行くのはとても辛い体験です.居心地が悪い.そりゃそうでしょう.自分とは異なる価値観や考えのところにわざわざ行くわけですから.向こうも必ずしもきて欲しいと思ってるわけじゃない.でもそれでも行かないと成長はありません.

 

家族の中には家族の世界がある.学校の中には学校の世界が,職場には職場の世界があって,その中で正しいと思っていることがあります.しかしそこは家族を出ないで引きこもっていたら,人間的に成長しないでしょうし,学校から社会に出て初めて学ぶことも多い.職場の小さな世界観は他の職場と全く違うかもしれません.アウェイに出ないと成長はないのです.

 

より大きく考えれば,民族には民族の,国には国の,宗教には宗教の世界があって,その中でみんな正しいと思うことをやっている.グローバルな世界で,それぞれお互いの「正義」をぶつけ合っても何も進歩しないのです.

 

でも誰もがあらゆるアウェイに,つまりあらゆる国や,異なる民族や,宗教を持つ人々のところに出かけられるわけではありません.ジャーナリストというのは,そうした我々が最も行きにくいアウェイに身を投じて,現場からレポートを送るという職業です.最も辛いアウェイに出かけ、普通の人ならば近寄りたくもない位のアウェイの事を伝えるという仕事です。

 

つまり,私たちの社会がより成長するために,とても大切な役割を担っている.もし,現場のことを何も知らなかったら,現地の人々の生活や,庶民の考えや,教育や,流通や,子供の事、年寄りの事、女性のこと、豊かなところや,困っているところ,どんな指導者がいて,どんな恋愛をして,,などを何も知らなければ,私たちはお互いの「正義」をぶつけ合う以外に接触する術を持てなくなってしまいます.ジャーナリストは先頭を切ってアウェイに身を投じ,私たちに知らせてくれる勇者です.

 

ジャーナリスト後藤健二さんが「正義」と「正義」の間に挟まれて命を落とされたことがくれぐれも残念でなりません.この平和な日本から、あえて最も厳しいアウェイへ行こうなどという勇気を持つ人が一人失われてしまいました.

 

彼の死を無駄にしないために何をすればいいのでしょうか?それは、お互いのアウェイを知り,成長しようという努力こそであって,決して「正義」と「正義」をぶつけ合うことではありません.そのようなぶつかり合いは,アウェイを伝えることでより良い世界を目指すというジャーナリストの精神とは相容れないものだからです。

 

合掌.

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